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私の人生劇場part1

クィックしてくれたら喜びます^^;)



こんにちは。おっさんバーテンダーです。

「おっさんバーテンダー」ってどんなヤツやねんexclamation&question
って思ってくれる方も多少はいる?だろうと、
私の履歴書を書いたよ。結構、笑えるよ(汗)
「知ってる人は、知っている」内容だから…その方はスルーしてね(汗)

今回は、「貧乏で家が無くなる」「殺人事件発生」まで。

第一部:その1 無謀な開店

私は、現在52歳、関西在住。
で、バーテンダー暦25年。
自分で店をして23年。
大きく分けて、4部構

私が就職活動していた30年前は究極の売り手市場だったね。
学生時代、『バイトと遊び』を両立していたおっさんバーテンダーも、
ちゃんとした企業に就職出来ちゃったんだよねぇ。
なのに、二年後→何を血迷ったか。おっさんバーテンダー、夜の商売へ

そう今考えると、なんと無謀な選択肢…。
「いやぁ、30歳までならやり直し出来るでしょ」などと勝手に信じ込み(言い聞かせ)
自分の店を持ちたい
客商売をしたい
などと考えていたんだよねぇ・・・
浅はかにも…。

その当時は、法律なんて「机上の空論」
それより「事業家として成功したい!」と思ってたんだよね。

 

で、そこから2年間 バーテンダーの修行をさせてもらって
(当時の業界では、厳しいことで有名な●村バーテンダーさんに運良く関わることが出来た二年間でした)
グランドピアノの弾き語りがある高級バーだったよなぁ

 

そして、27歳の時、スナックビル内でショットバーをOPENしたんだよなぁ。

この時のイスの数は、
わずかカウンター席8席、テーブル席10席だったけど
一国一城の主になれたことがすっごく嬉しかったね。

その後、始まる「人生劇場」が結構キツイ事など、まったく考えもせずに。

「一国一城」の夢と希望に溢れ…
可愛い女の子がいっぱい来るんじゃないか(笑)と希望に溢れ
いざ蓋を開けたら…。

・・・・・。

一週間ぐらいはまだマシだったなぁ。
知り合いが無理してでもやって来る(苦笑)

問題は、その後だった。
全くお客さん来・な・い。。

 

飲みに来たお客さん同士の喧嘩も、ようさんあったなぁ。
グラスが割れるのは日常茶飯事。

一度、イスを投げられ頭から血を流す場面もあったよ。
「われぇ、ええ度胸しとるやんけ。」
と叫ぶお兄さんの頭から血が飛んでいた…。

私の店の横の店が、なんと、やざの愛人がやっていたスナックだったから
これまたドラマが多い(笑)
よくボーイさんが入り口を拭いていたけど、そのタオルに血がよく付いていたなぁ

や●ざさんがやってきて「額と花どっちが良い」と守料請求もあったなぁ。
額(絵画)は、一ヶ月に一回の集金、花は毎週持って来るって説明された。
「じゃ、額の方ね。」だって、毎週会いたくないし…。

 

や●ざさんに守料のことで事務所に話に行ったら軟禁?された事もあった。

 

あぁ…お洒落な女の人がいっぱい来る「Shot Bar」は何処へ

 

第一部:その2 家が無くなった…一回目。

今、こうして思い出して書いていくと…
結構、笑えるなぁ

で、そんなこんなで貧乏になり(笑)
賃貸のワンルームマンションも解約することになり…
店で寝泊りするようになったんだよなぁ…

夜、店を閉めた後、ソファを並べ替えてベット代わりにして寝てたなぁ~
安モンのソファだから、軽い、軽い、すぐ動かせる(笑)
空調は完備されてるし、BGMは440種類から毎晩選べるし(笑)
なんといっても、移動時間の短縮になる(笑)

今思い返すと、私も若かったから全然へっちゃらだったなぁ。
別に当時は守るものも何も無かったし、お金無かったら
ご飯食べんと、甘ーい缶コーヒー飲んだら
お腹減ってるのわからんようになるし(笑)
そして、

ついに、あの日がやってきた。

第一部;その3 えっ!殺人事件…。

いつものように、昼に起きて店から外に出ようと思い
エレベーターを使わず、階段をトコトコ…

ちっちゃな看板が階段の処に5~6個置いてあった。
(幅15cm位で高さも15cm位だったかなぁ。)

確実に覚えているのは
その看板部分に
数字が、1、2、3、

 

「うん
な・なんだ

よくよく見ると、その看板の下に



赤黒い点が何個か…

「えっ鑑識

外に出ると、お巡りさんが沢山いました。。。。

そしてテープが張られ、私の店のあるビルは
立ち入り禁止
になっていました。

お巡りさん:「ここ、立ち入り禁止やで、お前どこから入ってきた?」
私:「このビルの中で寝てた…。」
お巡りさん:「…。」

 

どうやら、私の店と同じフロアの店でお客同士のトラブルがあり
殺人事件が発生したらしい。

犯人は逃走中らしい。

えっ!おっ!

殺・人・事・件・の・犯・人・が・逃・走・中

その日の夜の6時のニュースでこの事件が流れ
映像にスナックビルの集合看板が映った時に
当店の屋号も映りました。

おっ全国区だ

結局、その日の内に犯人は捕まったので店は開店することが出来ました。

その日は、店が開店以来、最高に電話が鳴りました

でも、やっぱり、お客がゼロ~~
冷静に考えたら、殺人のあったビルに来ないよね。

ちゃん、ちゃん。

こんな、そんなで・・・・

この物件とは2年で「オサラバ」しました。

ちょうど、その頃
ある不動産会社の社長さんと親しくなっていて
格安で、もうちょっと大きい店に移ることが出来ました。

この後、しばらくはイケイケだったけど…
その後、阪神大震災で家が無くなり
デベロッパー倒産で年商1億まで育てた店が無くなり
結構ヘビーな人生劇場を演じたおっさんバーテンダーでした…。

又、続きは、次回書きますね。
最後までお付き合い頂きありがとうございました


サークルつくったので良かったら覗いてください
ブロトピ:こんなブログ更新しました(o^▽^)o)ペコッ


Comments (6)
  1. 猫の昼寝/暮らしetc より:

    こんにちわ。
    色々と経験してますね…ご苦労様です。

    1. 猫の昼寝さん、コメントありがとうございます!
      結構、笑えるでしょ!(私も今思い出すとこの若い時期の内容は結構笑える…。)

      又、続きUPしますので、よければお読み下さいませ♪

  2. roronoa0316zoro より:

    世代が近くて、バブル期に土地売買的仕事を副業にしてました。
    警察は民事不介入。暴対法の無い、素敵に自由な時代でしたね・・・。
    指が足らなかったり、体に綺麗な印刷のある方々とお話しするの
    怖かったです。
    ブーメランアンテナをタンデムでしょわせた黒塗りのリムジンで乗り込まれたことも
    今では懐かしい思い出となりました。
    続きを楽しみにしています。

    1. roronoa0316zoroさん、コメントありがとうです。
      生きてきた時代がほぼ重なるんですね。
      ブーメランアンテナ懐かしいですね(笑)
      当時冬の寒い中、私はテレカを使って公衆電話BOXから電話をしてるのに
      道路に駐車してるブーメランを付けた車の中で、
      暖かそうに電話しているおっちゃんを見て
      「ええなぁ」って思ってました。

      もう今では、、検索しないと分からない言葉のオンパレード文章になってしもた(笑)

      ところで、恐い人達も上の方の方は「どこの大企業の重役さん」と思うぐらい
      実は紳士的ですよね。
      中途半端な一般人の方が、たちわるい?

  3. 猫ヤパさん より:

    なんか来てみたよ!
    凄い経歴だね。
    可愛い女の子に囲まれる。たまんないねぇー。
    また今度続き見に来るね。

    猫ヤパさんも女性にチヤホヤされる癒しの場計画
    がんばるー。

    1. 猫ヤパさんありがとうだよ!
      そうそう、「可愛い女の子に囲まれる」はずだったのに…
      結局、ほぼ今日までの長い年月…、
      むさ苦しい男連中に毎日毎夜囲まれる、悲しいおっさんでした…(笑)

      猫ヤパさん、癒し計画頑張ってね!

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